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【海外経験】+語学力・専門スキルを活かして、国内外でグローバルに働く!

 

 


 

新野泰子さん (Webデザイン、ITコンサル、インド研修事業等経営)

新野泰子さん ニイノリンク(株)代表 

(東京都在住)

 

■海外の都市での在住歴: インド (半年間)

以前の職業: システムエンジニア、IT講師、パソコン教室運営等

現在の職業: 会社経営(ウェブサイト・デザイン製作、インド研修他)

 

【プロフィール】

慶応大学理工学部卒業後、ソニーへ入社、システム開発に携わる。その後フリーランスのプログラマー講師、PC教室運営を経て、35歳でインドへ単身IT留学する。帰国後、ベンチャー企業を経てニイノリンク(株)設立。Webデザイン等の制作事業、ITコンサル事業、人材育成事業を手掛ける。中でもインドビジネスへのコンサル、インド留学・研修、「インド体感フェア」等は、ユニークで希少な存在として注目を集めている。

 

ニイノリンク株式会社HP http://www.niinolink.com/

 

プロフィールを初めて拝見して、同じ会社の元同期であることを知り驚きました。 お互い全く別の部署で知らずに働いていた訳ですが・・・。 新野さんは、我々にとっては懐かしい ”あの社内端末”(笑)のシステムの開発にSEとして携わった後、フリーランスのプログラマー、IT講師、PC教室運営などを経験していらっしゃいます。

 

世の中は狭いですね。大学の理工学部を卒業後、入社した会社でシステム開発の仕事をしていました。職場での仕事は忙しく、パソコンにずっと向かっているような状態でした。大変な時も多かったですが、プログラマーの仕事が大好きだったので、苦にはなりませんでした。職場の人は、我の強い人が多かったですね。(笑)

 

会社員でもフリーランスでも、開発の仕事はスタッフのコミュニケーションがとても大事です。お互いに意思疎通しながら、状況を把握し、上手く連携していくことが必要。つまり、「人」がとても重要なんですね。仕事は同業の仲間やネットワークありきです。会社員時代の仲間で独立した者同士、それから、小学校から高校までの女子校時代・大学時代の友人達とも繋がりがとても強いので、仕事上でもお互いに助けあっています。

 

 

子ども時代はどんなことに興味があったのでしょう?何をして遊んでいましたか?

 

思い起こせば、ちょっと変わった父親の影響が大きかったと感じますね。父は事業を経営しており、勝負事にはシビアな考えを持った人でした。たとえば、父と一緒に花札やポーカーで遊ぶ時は、必ず真剣勝負。子どもだからと言って容赦はしてくれませんでした。(笑)誰に対してもそうでしたが。 今となっては、数字を扱ったり、事業を行うことについて、自然と学べる良い機会になっていたような気がします。

 

また、10歳ぐらいの頃、当時大流行したインベーダーゲームやブロック崩しのゲームが大好きで、仕組みにも興味を持ちました。今のように家庭用ゲーム機やソフトが無い時代だったので、NECの6000シリーズという当時のパソコンを買ってもらって、独学の見様見真似でプログラミングを覚えました。それが、プログラムの世界に足を踏み入れた最初のきっかけだったと思います。

パソコンのゲームソフトも海外のものが多く、それらを解くには英語も必要だったので、そのために英語の勉強もしました。子供にとっては攻略が難しいゲームもあったのでプログラムをいじってみたり。

それから、少女漫画も大好きだったので、自分でオリジナル漫画を描いてみたり、PCを使って絵を描いたりして遊んでいましたね。

 


私達の世代でパソコンをやっている人というと、当時、ちょっと失礼ですが「オタク」と呼ばれたりするごく一部の人達のようなイメージがありましたよね。(笑) ゲーム好きが高じてプログラムを独学で勉強したりする人は、女子では珍しい存在だったのではないかと思いますが。

 

そうですね。そういう意味では、私は「オタク」でしたね。(笑) 子供の頃から、気づくと何でも理系的な考え方をしていて、典型的な男脳だったなと感じます。

 

中学では天文部に入って、宇宙飛行士になりたいと思っていました。いつの間にか、「自分には無理だ」と思い諦めてしまったのですが、後に大学の同期の星出彰彦さんが宇宙飛行士になったことを知って、夢を諦めてしまったことへの後悔の気持ちが募りました。

その時の後悔、無念な気持ち等があったから、今、自分の教育事業へ情熱を傾けているというのはありますね。若い人達には、夢を諦めずに追って欲しい、自分の能力を自分で見限らないで!ということを伝えたいと思って活動しています。

SEとして順調にキャリアを築いてきたのに、活動を一旦休止して単身インドへ行かれています。 女性でインドへIT留学というのは極少数派ですし、これまで培ったものを置いて、30代半ばで海外へ出ていくことは大きな決心が必要だったと想像します。当時決断に至るまで、どのような気持ちだったのでしょう。

 

インドへのIT留学は、確かに大きな人生の転機になりました。ただ、その前にも分岐点といえるものは、いくつかありました。

 

結婚相手の都合で山梨へ引っ越し、一度、それまでの職を失いました。専業主婦として過ごしてみたら、2か月で発狂しそうになりました。(笑)それで、パソコン教室を開いて、近所の子ども達や奥さん達に教え始めました。特に、小学生の子ども達に教えるのは楽しかったですね。

 

結婚するまで、先へ先へとレールを引く教育熱心な母の存在が、有りがたくもあり、またストレスでもありました。自分で選びたかったことを選んでこなかったことに後悔したこともあります。だから、独立して事業をすることで「自分で道を選ぶんだ!」という気持ちがありました。

 

その後、35歳の時に離婚を経験しました。当時は、一旦全てをリセットしたいという気持ちもありましたし、自分がこれまで生きてきた「IT」という分野を考えた時、これからの時代はインドが伸びて行くだろうと考えて、インドへのIT留学を決断しました。「JAVA」等、新しい言語や事柄を学びたい!という気持ちも強かったですね。

 

 

 

実際に初めてインドへ行ってみて、どうでしたか?

 

初めてインドへ行ってみて、インド人とは気が合う!コミュニケーションが楽だ、と感じました。

 

インド人というと、良く言えば楽観的で臨機応変・行動力がある、悪く言うと慎重さ・厳密性に欠けて場当たり的・・・、そんなイメージがあると思います。 ただ、それが自分には合っていました。 感情と言っていることに裏表が無く、何を考えているかが分かり易いし、これは私の推測ですが、ベジタリアンのせいか気性も荒く無い人が多いように感じます。

 

それから、インド人のホスピタリティはすごいですよ。全力で客をもてなし、喜ばせようとする熱意・気持ちには、こちらの心も動かされることが多いです。友達・仲間の為には全力を尽くしてくれる。ビジネス方面で、日本との間に歴史的に因果関係があまり無いからやりやすいというのも、利点と言えますね。

 

 

私自身も、日頃の友人づきあいや仕事を通じて、中国人や台湾人に対して同じようなことを感じています。 日本人的なやり方は、アジアにおいてはマイナーなのかな・・・とも思ったりしますが。

 

たしかに、日本人はビジネスとプライベートを分けて、ビジネスでは表面上や損得だけでつきあう人も多いですね。そういう部分は、人間関係や親族・仲間を何より大事にする彼らとは違うなあと思うし、ちょっと見習うべきとも思いますね。

 

 

 

失敗談はありますか?

 

インドに留学中、部屋がちょっと汚れているなと思って、箒で掃いて掃除してしまい、大事件になったことがあります。周囲から「何をしているの!そんなことしないで!」と驚かれてしまいました。掃除をするのは掃除をする人の仕事であり、私の姿はすごく異様に映ったようです。また、同時に、他人の仕事(=収入源)を奪ってしまったことにもなります。

 

 

海外では一般に掃除は専門の掃除夫(婦)の仕事。正に日本人的な善行・習慣から出た失敗エピソードですね。インド人の同僚の仕事ぶりはどうでしたか?

 

格差社会のインドでは、IT専門職につくことは、「カーストの影響を受けないで働ける場を得る」機会でもあります。まだ新しい職業であり、カーストに組み込まれていないIT分野では、誰もが平等にチャレンジするチャンスがあります。たくさんの優秀なインド人達が、成功を目指して貪欲に学び働く姿に刺激を受けました

 

 

 

帰国後、設立した会社で、インド留学・研修を手掛けていらっしゃいますね。 【インド体感フェア】もとてもユニークな試みだと思いますが、詳細を教えてもらえますか?

 

インドは地理的にも離れていますし、日本で普段生活しているとなかなか行くことも、文化に接する機会も無いですよね。外国人が日本のイメージをフジヤマ・サムライ・ゲイシャ・・・と言うのと同じように、インド=カレー・ターバン・サリー着た人・・・とイメージする人がまだまだ多いと思います。それでも、「タージ・マハル」「インド式掛け算」「ヨガ」「アーユルヴェーダ」「IT大国」等々、興味深いキーワードを耳にするので、いつかインドに行ってみたい、インドで学んでみたい、インドとビジネスをしてみたいという人・企業が年々増えてきています。

 

【インド体感フェア】ではそんな人達のために、「インド体感済み」な方々を招いて、インドをもっと身近に感じて一線を越えていただきたいという想いで、()ゼストさんと共催させていただきました。

 

 


最後に読者の皆さんへ、一言お願いします。

 

「ブレない自分」を持つことが大事だと思います。自分が何を良しとするか、何が好きなのか、何をしたいのか、自分にとって何が幸せなのか。特に女性には積極的に自立してほしい。 

どんな境遇に立っても、自分を見失わず、自分の足で立ち、「独立自尊」の精神を持っていてください。そして、現代のグローバル化した社会においては、ボーダレスであってほしい。

 

「ここまで」という境界線は、自然界にはどこにも引かれていない、存在しないのです。あるとしたら、それは人間が自分で引いてしまった線だけです。

いつからでも夢を追うことはできるし、自分の世界を日本だけに限らないでほしい。

いつか海外へ行きたい、海外で働きたいと思うなら、まずは体感してみることが、きっと近道になりますよ!応援しています!!

 

(2014年7月東京にて インタビュー、構成: 茉莉花)